なぜ新大久保は韓国の街になったの?コリアンタウンになった理由を調べてみました!【2026】

新大久保に行くたびに、ふと思うことがあります。
「なんで新大久保って、こんなに韓国なんだろう?😂」
韓国料理のお店がたくさんあって、韓国コスメが並んでいて、ハングルの看板もいっぱい。
K-POPや韓国スイーツのお店まであって、歩いているだけでも韓国旅行に来たような気分になります♡
でも、よく考えてみると……
そもそも、なぜ新大久保が韓国の街になったの?
私、実はちゃんと知りませんでした😂

そこで今回は、新大久保が「コリアンタウン」と呼ばれるようになった理由を、歴史をたどりながら調べてみました!
結論からいうと、新大久保は最初から「韓国の街」として作られたわけではありません。
韓国にルーツを持つ人たちが暮らすようになり、韓国に関係するお店が増え、そこに日韓ワールドカップや韓流ブーム、K-POPブームなどが重なって、今の新大久保へと発展していったんです♡
🌿 新大久保は、もともと「韓国の街」だったわけではない
今では「韓国といえば新大久保」というくらい有名ですが、もちろん最初から韓国の街だったわけではありません。
大久保周辺は、現在も韓国だけでなく、中国やタイ、ベトナムなど、さまざまな国の人や文化が集まる多文化な街です。
その中でも韓国にルーツを持つ人たちが多く暮らすようになり、韓国料理店や食材店などが増えたことで、特に「韓国の街」というイメージが強くなっていきました。
🏠 そもそも、なぜ韓国の人たちが大久保に集まったの?
ここには、実はかなり長い歴史があります。
新宿区の資料によると、大久保・百人町周辺で韓国・朝鮮にルーツを持つ人たちが増えた背景のひとつとして、1950年にロッテの工場が新設されたことが挙げられています。
その後、1980年代になると、歌舞伎町などの飲食・サービス業で働く韓国から来た人たちも増えていきました。
新大久保は新宿・歌舞伎町から近く、生活の拠点としても便利な場所。
さらに日本語学校が多いことなども、外国人が暮らす街になっていった理由のひとつとされています。
🍚 韓国料理店や食材店が少しずつ増えていった
韓国にルーツを持つ人たちが暮らすようになると、もちろん日々の生活に必要なものも増えていきます。
- 韓国料理を食べられるお店
- 韓国の食材を買えるお店
- 韓国語に対応したお店
- 韓国の文化や商品を扱うショップ
こうしたお店が少しずつ増えていき、「韓国のものが集まっているエリア」ができていきました。

そして今では、韓国料理を食べたり、韓国スイーツを楽しんだりしながら街を歩く「食べ歩き」も、新大久保の定番の楽しみ方になっています♡
そして1990年代には、職安通りに近いエリアなどでエスニック系の店舗が増え、その中でも韓国系の店舗が多くなっていったとされています。
今の新大久保を知っていると、なんだか納得ですよね♡
⚽ 2002年の日韓ワールドカップで一気に注目される
そして、新大久保の知名度を大きく高めるきっかけのひとつになったのが、2002年の日韓共催ワールドカップです。
新大久保では韓国チームを応援する人たちが集まり、街の様子がメディアでも取り上げられるようになりました。
新大久保商店街振興組合も、2002年の日韓ワールドカップが街に注目が集まるきっかけのひとつだったと紹介しています。
それまで韓国の人たちにとっての生活の街だった場所が、「韓国を感じられる街」として日本人にも知られるようになっていったんですね。
📺 そして「冬のソナタ」で韓流ブームが到来!

ここからは、私たちが知っている「新大久保」にかなり近づいてきます♡
2003年、日本で韓国ドラマ『冬のソナタ』の放送が始まると、大きな韓流ブームが起こりました。
ペ・ヨンジュンさんの「ヨン様」ブームもあり、韓国ドラマや韓国文化に興味を持つ日本人が一気に増えていきます。
そして、韓国料理を食べたり、韓国の商品を買ったり、韓国の最新情報を求めたりする人たちが新大久保を訪れるようになりました。
「韓国の人たちが暮らす街」だった新大久保に、
「韓国文化を楽しみに来る日本人」も増えていった。
これが、今の新大久保につながる大きな転換点だったんですね♡
🎤 2010年前後にはK-POPブーム!
さらに2010年前後になると、今度はK-POPブームがやってきます。
新大久保商店街振興組合の資料でも、2010年ごろからK-POPの流行とともに韓国コスメやグッズなどの物販店が増えていったと紹介されています。
ここからさらに、韓国コスメやスイーツ、カフェなどへと広がっていきます。
💄 今の新大久保は「韓国+α」の街
現在の新大久保を歩いてみると、
- 韓国料理
- 韓国カフェ
- 韓国コスメ
- フェイスパック
- 韓国のお菓子・食品
- K-POP
- 推し活
- 韓国スイーツ
など、韓国に関するものが本当にたくさんあります。
でも、それだけではありません。
最近は「韓国っぽいかわいいカフェ」や、写真映えするスイーツ、推し活スポットなど、韓国文化を楽しみながら日本の若い世代が楽しめる街にもなっています。
さらに現在の大久保周辺には、韓国だけでなく中国、ベトナム、タイなど、さまざまな国の文化を感じられるお店もあります。

だから今の新大久保は、単純に「韓国街」というだけではなく、いろいろな文化が混ざり合っている多文化な街でもあるんですね。
📝 新大久保が「韓国の街」になった理由をまとめると
ざっくりまとめると、こんな流れです♡
① 1950年代から韓国・朝鮮にルーツを持つ人たちが集まる背景ができた
↓
② 1980年代以降、歌舞伎町などで働くニューカマーも増えた
↓
③ 韓国料理店や食材店など、韓国系のお店が増えていった
↓
④ 2002年の日韓ワールドカップで街が注目される
↓
⑤ 2003年の『冬のソナタ』などをきっかけに韓流ブームが起こる
↓
⑥ 2010年前後のK-POPブームでコスメやグッズなどにも広がる
↓
⑦ 今ではカフェ・スイーツ・推し活なども楽しめる街へ
という流れ。
つまり新大久保は、「韓流ブームによって突然できた韓国街」ではありません。
韓国にルーツを持つ人たちが暮らす背景があり、そこに韓国料理店や食材店などが増え、さらに日韓ワールドカップや韓流、K-POPなどのブームが重なって、現在の新大久保へと発展していったんですね。
♡ 知ってから歩くと、新大久保がちょっと違って見える
今まで私は、新大久保に行ったら
「このコスメかわいい!」
「このカフェ行きたい!」
「韓国料理食べたい!」
と、完全に観光客目線で楽しんでいました😂
でも、こういう歴史を知ってから歩いてみると、
「ここで韓国にルーツを持つ人たちが暮らして、少しずつ街ができていったんだな」
と思えて、ちょっと違った目線で街を見ることができそうです。
そして今では、韓国だけでなくさまざまな国の文化が混ざり合っているのも、新大久保のおもしろいところ♡
新大久保に行ったら、ぜひ韓国料理やコスメだけでなく、「どうしてこの街ができたんだろう?」という視点でも歩いてみてください♪
♡ 新大久保をもっと知りたいなら
歴史を知ると、今度は「実際に新大久保へ行ったら、どんなふうに楽しめばいいんだろう?」と気になってきますよね♡
新大久保には、韓国料理やカフェ、コスメ、食べ歩きなど、楽しみ方がたくさんあります。
初めて新大久保へ行く方や、どこを回ろうか迷っている方は、こちらの記事もどうぞ♪
👉 新大久保って何する?初心者におすすめの楽しみ方6選♡韓国グルメ・コスメ・カフェなど【2026】
歴史を知ってから歩いてみると、いつもの新大久保も少し違って見えるかもしれません♡
📚 この記事の参考サイト
新大久保の歴史や街の変化について、以下の資料を参考にまとめました。
※この記事は上記の資料などを参考に、新大久保がコリアンタウンとして発展してきた大きな流れをまとめたものです。歴史的な経緯にはさまざまな見方があります。
